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      〜わたしの足跡〜

 

             Coach

          水田画生
      Mizuta Kakutaka

   (財)生涯学習開発財団認定コーチ
    『人の可能性を引き出す専門家』 

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     「水田画生のコーチングについて」
   


 

 

 

 

 

 

 

 

1971年横浜市生まれ。
芸術家を目指す傍ら、人の本質や可能性に関する研究を続ける。
2003年より、コーチトレーニングプログラム(CTP)にてトレーニングを開始、コーチとしての実績を積む。
その間、大手企業のカスタマーセンターにも在籍。
連日、顧客の生の声に対応することで、物量的なコミュニケーションの訓練と経験を積む。
その後、コーチングの枠を超えて、クライアントの人生の「軸」そのものを確立する独特の方法論と世界観を完成。
実にコーチング契約をした9割以上のクライアントが再契約を望むという、爆発的な顧客満足を引き出す。
このコーチングが後に人々から「Rebirth Coaching(再生のコーチング)」と呼ばれるようになった。

コーチとしての強みは、クライアントに対して絶対的な安心感を提供すること。
直感と論理性が違和感なく同居した的確なフィードバック。
芸術的な分野で培った観察眼と感性に裏打ちされた『聴くための耳』の精度。

これまでの人生経験で培った深い人間理解と揺らぐことのない受容。
表面的な承認ではない、相手をどこまでも受け入れる懐の深さ。

クライアントの多くが、わたしのコーチングを経験して漏らす感想は
「安心感がある」
「楽しい」
「ゆるぎない」
「より自分らしく、楽に生きられるようになる」
「本当の自分が見つかる」など。


水田画生からあなたへ:
「わたしがわたしであるように、あなたはあなたであるというだけで素晴らしい」
これがわたし自身のコーチングの核であり、わたしがあなたと共有したいもっとも大切なメッセージです。
あなたが必要であれば、わたしはあなたの人生や可能性になんらかの力をお貸しすることができます。
あなたからのご連絡をわたしはいつでもお待ちしております。


ブログ : 「リバースコーチング!〜Rebirth Coaching! 人生は螺旋階段〜」
       http://rebirthcoach.blog40.fc2.com/

趣味:
音楽や文学、絵画などの芸術に関する事柄
音楽についてはジャズ、クラシック、パンクから民族音楽まで、あらゆるジャンルに興味を示す
好きな画家はミロ、ピカソ、マティス、クレーなど
一方でルネサンス期の絵画なども愛し、絵画に関しても音楽と同様、ジャンルを問わない
強いていうならば独創的、空想的、美しいものが好き
また、体を動かすことや散歩も好きで、オートバイの免許は大型自動二輪免許まで取得


好きな時間:
空や海をぼぉっとしながら眺める時間


今後ちょっと興味があること:
あくまでもまったりとした範囲でできるサーフィン ^^;



血液型:O型

 

                付録
            〜コーチング前夜〜
           
コーチになるまでの水田画生の物語

誕生
1971年横浜に生まれる。
臍の緒が首に巻きつき、仮死状態で生まれた男の赤ちゃんに、両親は「真っ白なキャンバスに自由に自分自身の人生を描いていくように」との願いをこめて『画生(かくたか)』と名づける。
港町横浜で、まさに人生の航海がはじまったのだった。


少年時代
「超」がつくほどのマイペースな子供で、気づけば人の流れから外れてしまうところがあった。
しかし、人を受け入れることに対して稀有な才能を持った子供であったため、幼い頃より、友人たちの相談や話に耳を傾け続ける。
反面、立ち入り禁止の給食センターの倉庫で遊んでは誤って閉じ込められたり、真冬の池にたらいを浮かべて横断を試み、見事転覆するなど、大人の言うことには一切耳を傾けない、相当ないたずらっ子でもあった。
当時を振り返った母の証言…「頑固というか、一度やろうと決めたことはどんなに時間がかかってもやる子だった」。


思春期
勉強はまずまず出来たものの、マイペースゆえ、管理教育の波にあっさりと乗り遅れてしまう。
しかし、それを逆手にとって、「自由」な人生を送るための芸術家として生きていくことを思い立つのだった。
その後、夜のライブハウスやクラブに出没しては、様々なカルチャーや背景を持つ人々を観察、あるいは彼らと交流を持つという時間を過ごす。
世間一般の評価からはまったく外れた生活であったが、そのときの経験が、後に相手の表には現れてこない言葉や気持ちを汲み取るための訓練となり、どんなときも自分らしくあることのかけがえのなさや難しさ、さらには人の痛みや苦しみにより深く触れるための得がたい糧となる。


コーチとしての胎動期
様々な出会いや経験を重ねるうちに、自分自身が「自由」でいるためには、まず周りの人々を「自由」にしなければいけないことに気づき始める。
ちょうどその頃、自分がリーダーを務めていたスタッフ全員が会社から解雇されるという憂き目にあう。
当時、組織にフィットした人間を育てることで彼らを守ろうとしていた自分自身にとって、それはあまりにも苦い挫折であった。
この出来事を境に、ただ個人を組織に合わせるのではなく、個性も生き残り、集団も生き残るための道を真剣に模索しはじめる。


コーチとして
2001年、オートバイの事故で利き腕である右手を骨折。
当時、生活の中心であった絵描きとしての人生に終止符を打つ決断を迫られる。
新しい人生を模索していた頃にコーチングと出会うが、すぐにトレーニングをはじめることはなく、まずは企業のカスタマーセンターにて顧客からの要望やクレームを電話で聞き続けるという道を選ぶ。
以降、ただ丁稚奉公に出たつもりで電話を取り続け、コーチとして必要な「耳」の感度を極限まで磨き上げる。
2003年、業務と平行してコーチングのトレーニングを開始。
以降、プロフェッショナルコーチとして様々なクライアントの幸せと成功に手を貸し続け、現在に至る。


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